フランスに行った時

ジョナサン・クリストと申します。フランス留学についてお話しします。

何年もパリに行くのがゆめでした。フランスのぶんかや言葉や料理やれきしは人気がありました。さえに、 五年前フランス語を勉強していました。 さいしゅうてきに、十九歳になったら、留学することにしました。こころがおどっていました。
留学のプログラムのアドバイザーは私に「どこに住みたい」ききました。せんたくしはホストファミリーとアパートとりょうでした。フランス人に会いたかったから、ホストファミリーと住むことにしました。 ルームメートのような知らない人と住むことができますが、知らない家族と住むのはおもしろいでしょう。
もうじき、ホストファミリーについての手紙が着きました。ろうねんの夫婦(ふうふ)でした。このろうふうふとパリの市外に住むことになりました。どんな人なのだろうと思いました。
しゅっぱつの日の一ヶ月前に本当にわくわくしていました。ぜんぜんともだちがいません。さえに、フランス語はまあまあでした。はなせますか? 
一月二十七日、しゅっぱつの日が来ました。空港で私の両親と別(わか)れました。四か月会わないことになっていました。でも、かなしくなかったです。
何をもっていったと思いますか。テキサスものをもっていくことにしました。私の将来をかんがえていました。
何時間(なんじかん)飛行機(ひこうき)乗(の)ってから、フランスに着きました!プログラムの方(ほう)空港(くうこう)迎(むか)えに来(き)てくれて、ホストファミリーのうちにつれていってくれました。
パリは映画に出てくるようにロマンチックでげんそうてきでした。ふるいアパートがあちこちにありました。きっさてんもにありました。フランスのパンやもあちこちにありました。毎日、町をさんぽしました。時々すわって、ビルや人を見ていました。何もかもがロマンチックでした。のんびりしていました。
私のホストファミリーはかなしかったです。テキサスでは、私はNASAのちかくにすんでいましたから、NASAの物をもっていってあげました。両親は気(き)入(い)ってくれました。一週間に二回、ばんご飯をいっしょに食べました。フランスとアメリカのぶんかのちがいについて話しました。外国語をはなすのは時々むずかしいけど、れんしゅうするのはとてもべんりでした。両親は私に新しい単語を教えてくれました。のちほど、もっと話せるようになりました。
フランスの料理にいつもおどろきました。ようふうの料理はフランスの料理からきているものが多(おお)いことは知っていましたが、いつもおもしろかったです。のがもやエスカルゴやフォアグラや肉や羊肉や色々な魚や色々なケーキや色々なワインを食べました。こうしんりょうやスープをぜんぜん食べませんでした。料理のふくざつさはおそれおおかったです。
パリに四ヶ月住んでから、アメリカに帰りなくちゃ行けませんでした。パリはちがって見えたと思います。ロマンチックじゃなくなりました。町はとくべつでも、人はふつうです。うれしい人やかなしいひとやかねもちの人ホームレスがいます。大きい町はちょっと住みにくいです。
パリに住んだ時のことを考(かんが)えると、ロマンチックな気持(きも)ちになります。